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店日記

商品紹介 店日記
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手拭いの額 梨園染戸田屋さん 「椿」

11月、霜月に入りました。
店内の手拭いの額の手拭いを入れ替えました。
手拭いは梨園染戸田屋さんの「椿」。個人的ではありますが、とても気に入っています。
手拭いも素材、染め、柄など様々で大変楽しい文化です。職人さんの挑戦もあり、世界が広がっているように思います。
使っても、飾っても、楽しみ方もいろいろ。皆さまもぜひともお楽しみください。

手拭い 椿

2020-11-04 21:18:18

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お数珠

冠婚葬祭始め、その土地土地での風習というものがあります。
お数珠についても、女物ですが、お通夜、お葬式は房の色は白、年(ねん)がたってくると紫、玉の色は透明(水晶)か白がよいと聞いていました。それは三河地方の風習であったようですが、今はそのような風習も少なくなり、色もあまり気にせず思い思いのお数珠を皆さまお使いになっているように思います。


私もお数珠はいくつか持っていますので、ちょっとしたことで使い分けています。
いつもはどの宗派でも使える白珊瑚の一連の白房、または二連の水晶・白房を使い、お年忌の時などは紫房、日常お参りするときはお気に入りの数珠を持ち、バッグに入れています。
 
お数珠はご存じのように「身を護る」功徳があり、魔除け、厄除け、福を授かると言われています。

 

2020-01-28 23:32:02

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当店の仕立て職人さん

当店が依頼する仕立屋さんは、長年の仕事を認められ黄綬褒章をいただいております。
過去にはお弟子さんが何十人もいましたが、今はご夫婦で和裁をしています。
職人さん気質、話し方はとつとつとしていますが、とても親切で、技術、経験も豊富、当店が信頼する職人さんです。

和裁-黄綬褒章

ぜひお試しください。
 

2017-03-13 22:31:13

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昭和始めの運動靴

いただきものをしました。
昭和初期の運動靴と聞いております。
地下足袋ではなく、足袋の底を補強したような感じです。

酒井屋さん、江戸時代後期に創業された酒屋さんです。やがて醤油屋を営むようになったようです。代々権六を名乗り、八代目。昨年家を処分されました。家屋は移築し、今はNPOの体験農業の宿泊所になっているようです。
ここではこのご家族の足袋の型紙、頭巾の型紙もいただいておりますが、未だ整理できていません。これから少しずつしていきたいと思っています。


昭和初期 運動靴

昭和初期 運動靴

 

 

2012-08-20 09:38:00

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以前はお寺での葬儀が多かったのですが、最近はホールでのお葬式も多くなりました。

喪服を着る方も少なくなり、商売柄少し寂しい思いです。
 お葬式でみんな喪服を着たら……と考えることがあります。

 喪服には家の紋が入ります。

女性の場合、経済的な言い方をすれば、お金の出どころで紋が入ることが多いのではないかと思います。

古くなったので喪服を作り替えるということも今ではなくなりましたが、作り替えるときは嫁いだ家の紋が入ります。
お嫁入りのとき持ってきた喪服は実家の紋、新しく作った喪服は嫁いだ家の紋、同じ喪服でも紋が違います。

また、本家と分家では、分家が本家に控え、少々紋を変えることもあるそうです。


お葬式で皆が一斉に紋入のきものを着た場合、多くの紋が並ぶのが想像されます。
それは故人がどれだけの家やその家族の人たちとこの世で繋がりがあったかということが想像され、何となく有り難い気持ちになります。


結婚式も同じです。留袖には紋が入り、結婚式にはご両人を囲む一門が揃います。
自分の繋がりの家紋をたまには辿ってみたいと思います
 

2012-06-15 19:53:00

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晒(さらし)

東日本大震災から一年が経ちました。
被災された方々には本当に言葉もありません。私たち、また私自身もいろいろなことを感じる一年でした。

昨年から、緊急避難グッズの中の晒を納品する機会に恵まれました。
晒は私の中でも特別な存在なので、万が一の際お役に立てますように、そんな気持ちでいっぱいです。
晒といってもピンとこないかもしれません。日本手拭いにつかわれているのが晒です。晒はいろいろ使える万能の布です。さらしは通気性がよく、すぐに乾きます。そういう点では切りっぱなしがやはりいいと思います。糸が出てきますが、何度も何度も洗っていると止まります。手拭いがいい味を出してきたころ、糸のほつれもなくない、柔らかないい感じになっています。

昔は布巾によく使っていましたが、今はもっと吸水性良く使いやすい品がたくさんありますので使われることも少なくなりました。タオルより毛羽立ちがありませんので、楽器に使われる方もいます。

晒はランクでいうと、文(ぶん)、岡(おか)、特岡とあります。日本てぬぐいでも、プリント柄の手に入りやすいものは文か岡、注染やオリジナル手拭は岡クラスが多いでしょうか。下着に使われるのはさらにしっかりした特岡といったところ。

ハンカチとして持つときは文クラスの方がかさばらないので、お手頃なプリント柄のものを好みで使っています。
スープなどお料理で濾すのに使うときは目が粗い方が好まれますし、浴衣の肩当てなども文晒の方が好まれるようです。
岡は岡できりっとしていて、手拭いもやっぱりいいです。用途、お好みで選んでくださいね。

晒の用途は本当にさまざまです。
濾す、巻く、包む、保護する、拭く、運ぶなどの機能があり、用途としては、包帯にする、タオルやキッチンペーパー、ふきんにする、下着やおむつなどとしても使えます。
お子様のおんぶ紐としても代用できます(最低でも兵児帯、約4mは必要でしょうか)。
また、帯状疱疹を患っている方で、体に巻くのに晒がいいからと利用されている方もいました。
この晒、端にちょこっと切れ目を入れるとあとは手で裂くことができます。
 
さらしを裂いてみました
 
こちらも裂いてみました
 
 たて、よこ、まっすぐいけます。これが結構クセになるくらい気持ちいいです。
 生地の耳に沿って裂けば、紐としても使えます。包帯としても好みの巾になるので、晒は結構便利です。
 使いたい包帯の巾がない時、広い巾のものを作りたい時など、ぜひお試しください。
 
 

2012-03-12 23:04:00

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鯨尺

表具屋さんに箱を分けてもらいに行きました。
50cmくらいなんだけど…というと、表具屋さんも尺計算して、50センチというと○○尺だからこれだね、はいね、と分けてくれました。
ご主人に、尺は曲尺ですよね、と聞いてみると、
おたくらは鯨かな、メートルと尺はわかるけど、同じ尺に種類があるのは不思議だね、という話になりました。
そのあと、絹、レーヨンの話から、しみの話になり、湿気の話などなど、結局1時間近くもあれやこれや話して帰ってきました。
こうしてみると、表具屋さんとも共通する話題が結構あります。特に尺の話など、そういえば…と改めて考えたくなりました。
 
昔は尺の種類がいろいろあったそうです。明治になって尺貫法で残ったのは曲尺と鯨尺。あと足袋でつかう文尺。文尺は16文キックでお馴染みですが、文数でお買い物にきてくれるお客様が以前はいましたが、最近では全く聞かなくなりました。
きもので使っているのは鯨尺。江戸時代、呉服尺、鯨尺などがあったようですが、呉服尺は高麗尺の流れだそうで、知名度は呉服尺。東北の方では曲尺を衣服に使っていたとのこと。どちらかというと鯨尺の方がマイナーだったようです。
 
今はセンチ、メートルが普通の生活なので、始めは鯨尺も難しそうに思ったのですが、きものの寸法などは鯨尺の方がなじみやすいです。 
便利な電卓があり、レート計算に鯨尺換算の数字を入れておくと換算もラクラク。尺計算もまた楽しみでもあります。
 

2011-07-14 23:05:00

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「御淋見舞」

「御伽見舞」を検索される方が結構多くいらっしゃいます。私も熨斗の見本に書かれたものを見なければ、ずっと知らずにいたと思います。
 
「御伽見舞」の「伽」は、江戸語辞典で調べてみると、『傍らについて看護や話相手などすること。また、その人。』という意味です。
御通夜はご遺族の方が一晩中、言葉どおり「御伽」で起きていますので、その方々へのお見舞いとしての意味合いがあるかと思います。
 
具体的な内容としては、ざっとですが検索してみると、「御淋見舞」と同じように思います。
私共の店のある東海地方では、一般的に「御淋見舞」といいます。「寂」のさびしいを使わず「淋」の方を使います。水(涙)がしたたるという意味あいがあるのでしょうか。印刷された白黒ののし袋も販売されています。

私共の「御淋見舞」の使い方ですが、親戚ですとか、お付き合いの深い方に御通夜にお持ちします。
お菓子やお金が多いのですが、お菓子は重なるのを考えて、生菓子よりも少し日持ちするものを考えたりします。また、お金で持っていくときには2~3千円を入れていきます。初の仏様の場合など、お線香を淋見舞に持っていくこともあります。その辺は臨機応変といいましょうか、お持ちするお家を考えたり、親戚ですとか一緒に訪問する方と相談しながら持っていくこともあります。同じ土地でもちょっと離れると慣習が違っていたり、今の時代にあったものに変わっていたりしますので、やはり聞きながらというのが有効な手だてかなと思います。
 
「御伽見舞」と「御淋見舞」の違いはといえば、言葉が違う(当たり前ですね)、土地柄によって使う言葉が違うということでしょうか。
大分や熊本の方ではこの「御淋見舞」のような慣わしで「目覚」と言うのがあるそうです。
風習、慣習はその土地、地域で正反対になるほど違うこともありますので、まず、その土地柄に合うことが大切なのではないでしょうか。

2011-02-15 02:16:00

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ねじりずっぽ

昨年のこと、ご近所の方が綿入れ袢天を作るからと中に入れる綿(わた)を買いに来てくれました。
そこで「ねじりずっぽ」の作り方わかる?と聞かれました。
「ねじりずっぽ」?
袖の種類にはいろいろあります。が・・・「ねじりずっぽ」は知りません。母に聞いてみたところ、昔はよくそういう袖にしていたとのこと。さすがです。でも、はっきりとした作り方まではわかりません。
手拭いでこんな感じ、あんな感じと折ってみて、そこは作り慣れたカンコいい(工夫される)方ですので、やってみるからと言って帰っていかれました。
 
その後、できたよ~と聞いていたのですが、先日ひょっこりと、作った袢天をかかえて来てくれました。
写真を撮らせてください!とお願いしたのがこちらです。
 

 

ねじりずっぽ  ねじりずっぽ

 

 

ねじりずっぽ ねじりずっぽ

 

  

袢天の結び紐の先端もかわいらしく手を加えてあります。
袢天の衿もほしいと言われたのですが、小売りする商品がありませんでした。手作りする方が多かったときには、モスの袢天生地や黒の袢天衿が常時置いてあったのですが、もうそれもありません。
出来上がりを見てみると男物の大縞柄のキレをあててあり、いい感じに仕上がっています。
 
昔はこういう袖のものをよく着ていたとなつかしそうに話していました。
今でもねじりずっぽは健在です。巻き袖、まきそ、ねじり袖、そぎ袖など言い方もいろいろ、また地方によっても違いがありそうですが、このあたりでは「ねじりずっぽ」が一般的な呼び名のようです。袖がじゃまにならないので仕事するのによく使っていたとのこと。
 
これはしっかり勉強しなくては・・・・・・と思い、いろいろ調べてみました。
ネットでもたくさん出ています。
まず袖の種類から。
 
 
ここにあるように、ねじる部分が三角ではなく台形になっていますので、見せていただいた品は「変形ねじりずっぽ」。ねじりにもバリエーションがあります。
 
昔はきものでしたので、仕事や労働の際、袂(たもと)がどうしてもじゃまになります。一般的な筒袖や鯉口袖、さらに袖付が広く動きやすい巻き袖(ねじり袖、もじり袖、ねじりずっぽ、もじりずっぽ・・・)などにして、動きやすい工夫をしていたのですね。この袖は全国にみられるようですし、アイヌ民族衣装にもありました。特に冬場は寒いので、防寒に綿入れを着て作業というときにはもってこいの袖です。
 
次の疑問、「ずっぽ」って何?
 
筒袖というからには正確には「づっぽ」?
もともとは「づっぽう」というらしく、漢字の「筒」はわかりますが、「ぽう」はよくわかりません。どうもはっきりしなくて図書館へ行ってみました。
『江戸語大辞典』(前田勇編.講談社)に、
筒棒、(つつぽう)、筒ぽ、筒棒(つつぽう)袖、筒っ棒(ぽう)、筒っぽとあり、袍を使った江戸書物もあります。
 
筒ぽ → つつぽう(筒棒)の短呼
 
筒っ棒(つつっぽう)→ つつほうの促訛
ということが書かれていました。
どんな呼び名にしろ、もともとは筒棒であり、筒袖はあまりに身近だったので「筒棒(つつぽう)」という言葉そのものが筒袖をさすように使われていて、棒も衣をあらわす袍(ホウ、わたいれ)を当てることも多かったのでは???と想像しています(専門的なことではなく、あくまで個人的な感想に過ぎません)。
 
そして更なる疑問。では、「あてずっぽう」はどんな字を書くのだろう???
 
あてずっぽうを調べてみると、こちらもありました。
あてずっぽうは【当寸法】で、実際に測らずに寸法をあてはめることが語源だったようです。こちらの「ずっぽう」は寸法だったとは・・・ オドロキでした。
 
 
 
 

2011-02-05 00:38:00

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足袋の型紙

ご近所さんに江戸時代からの商家がありましたが、いよいよ取り壊しとなりました。
いろいろ処分され、何点かいただいたのですが、昔の足袋の型紙もあり、持ってきてくれました。
足袋の型紙は以前から欲しいと思っていて、オークションで落札しようと思っていたこともありましたが、縁あって私共がお預かりすることとなりました。
そのお家の方だと思うのですが、子供の小さな型、また十六文もある型まであります。
しかも足袋につかったと思われる藍染の生地、木型、木槌も入っていました。
 
この商家は江戸時代、お酒の醸造を始め、やがて味噌や醤油をつくるようになったそうです。
大変栄えた商家ですが、家訓は「質素、倹約」だったそうです。
足袋を自分たちで作っていた時代だったのかもしれませんが、何となく「質素、倹約」が垣間見えるいただきもののような気がします。

2011-01-15 02:03:00

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