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当店の仕立て職人さん

当店が依頼する仕立屋さんは、長年の仕事を認められ黄綬褒章をいただいております。
過去にはお弟子さんが何十人もいましたが、今はご夫婦で和裁をしています。
職人さん気質、話し方はとつとつとしていますが、とても親切で、
技術、経験も豊富、当店が信頼する職人さんです。

和裁-黄綬褒章

手前味噌ですが、着た時に着やすいように思います。
ぜひお試しください。
 

2017-03-13 22:31:13

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昭和始めの運動靴

いただきものをしました。
昭和初期の運動靴と聞いております。
地下足袋ではなく、足袋の底を補強したような感じです。

酒井屋さん、江戸時代後期に創業された酒屋さんです。やがて醤油屋を営むようになったようです。代々権六を名乗り、八代目。昨年家を処分されました。家屋は移築し、今はNPOの体験農業の宿泊所になっているようです。
ここではこのご家族の足袋の型紙、頭巾の型紙もいただいておりますが、未だ整理できていません。これから少しずつしていきたいと思っています。
くずし字が読めるようになりたい、こちらの思いの方が先で、日々、門前の小僧をしております。

昭和初期 運動靴

昭和初期 運動靴

 

 

2012-08-20 09:38:00

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以前はお寺での葬儀が多かったのですが、最近はホールでのお葬式も多くなりました。

喪服を着る方が少なくなり、商売柄少し寂しい思いです。

 

お葬式でみんな喪服を着たら……と考えることがあります。

 

喪服には家の紋が入ります。

女性の場合、経済的な言い方をすれば、お金の出どころで紋が入ることが多いのではないかと思います。

古くなったので喪服を作り替えるということも今ではなくなりましたが、作り替えるときは嫁いだ家の紋が入ります。
お嫁入りのとき持ってきた喪服は実家の紋、新しく作った喪服は嫁いだ家の紋、同じ喪服でも紋が違います。

また、本家と分家では、分家が本家に控え、少々紋を変えることもあるそうです。

 

お葬式で皆が一斉に紋入のきものを着た場合、多くの紋が並ぶのが想像されます。
それは故人がどれだけの家やその家族の人たちとこの世で繋がりがあったかということにもなり、想像するだけで何となく有り難い気持ちになります。


結婚式も同じです。留袖には紋が入り、結婚式にはご両人を囲む一門が揃います。

以前は、良くも悪くも、いろいろな人と繋がっていることを感じることが多かったのですが、今は見えにくい時代なのだと思います。

私は恵まれた境遇で、おじ、おばにしても、父方とか母方とか血の繋がりを思うようなことがなく接してくれていました。



 

また、家紋には財産をはっきり示す機能もあります。特にお嫁入りのときに実家の紋が入っているものは、離婚ということになったとき、妻の財産です。経済はひとの行動、そこには人の気持ち、情というものもがあるのではないでしょうか。


 

この機会に自分の繋がりの家紋をじっくりと辿ってみたいと思います。



 

家紋とは一言でいえば、明示する、当たり前ですがつくづくそう思うお年頃となりました。



 

紋がいくつも集まって門となり、皆が幸せでありますよう、『笑門来福』。

 

2012-06-15 19:53:00

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お数珠

 


やはり木の芽時は葬儀が多いように思います。

随分前になりますが、過去に我が家も4月、5月にお葬式を出しているので、やはりこの時期は芽吹きのエネルギーに負けないように、エネルギーをもらえますようにと思ってしまいます。

 

郷に入れば郷に従えという言葉通り、冠婚葬祭始め、その土地土地での風習というものがあります。

女物ですが、お数珠については、お通夜、お葬式は房の色は白、年(ねん)がたってくると紫と聞いていました。
玉はやはり透明(水晶)、白。それは三河地方の風習であったようですが、喪に服すという意味合いがあるのではないかと思います(個人的な感想です)。
また、水晶や白といったお数珠は定番のようなもので、どの地方に行ってもあたりさわりなく使えるのではないでしょうか。周りを見るとそういう風習も少なくなり、色も思い思いのお数珠を持っています。

私もお数珠はいくつか持っていますので、ちょっとしたことで使い分けています。

いつもはどの宗派でも使える一連の白房、白のお数珠、白珊瑚ですが、我が家と同じ曹洞宗のときはお葬式に二連の水晶(白房)を使っています。


普段使いのお数珠は、身の周りの中では一番お高い……お気に入りの品です。
レース石で一つ一つの表情があり、出会いの品だと思っています。いつも持ち歩き守っていただいています。

お年忌の時には紫房、日常お参りするときはお気に入りの数珠。

 

風習も時とともに風化しつつありますが、「なぜそうなのか」ということを考えると、それなりに意味があって、なるほどと思います。

 

 

2012-05-28 12:20:00

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晒(さらし)

 

 

 

東日本大震災から一年が経ちました。

 

被災された方々には本当に言葉もありません。私たち、また私自身もいろいろなことを感じる一年でした。

 

 

 

昨年から、緊急避難グッズの中の晒を納品する機会に恵まれました。

晒は私の中でも特別な存在なので、万が一の際お役に立てますように、そんな気持ちでいっぱいです。


晒といってもピンとこないかもしれません。日本手拭いにつかわれているのが晒です。晒はいろいろ使える万能の布です。さらしは通気性がよく、すぐに乾きます。そういう点では切りっぱなしがやはりいいと思います。糸が出てきますが、何度も何度も洗っていると止まります。手拭いがいい味を出してきたころ、糸のほつれもなくない、柔らかないい感じになっています。


昔は布巾によく使っていましたが、今はもっと吸水性良く使いやすい品がたくさんありますので使われることも少なくなりました。タオルより毛羽立ちがありませんので、楽器に使われる方もいます。


晒はランクでいうと、文(ぶん)、岡(おか)、特岡とあります。日本てぬぐいでも、プリント柄の手に入りやすいものは文か岡、注染やオリジナル手拭は岡クラスが多いでしょうか。下着に使われるのはさらにしっかりした特岡といったところ。


ハンカチとして持つときは文クラスの方がかさばらないので、お手頃なプリント柄のものを好みで使っています。

スープなどお料理で濾すのに使うときは目が粗い方が好まれますし、浴衣の肩当てなども文晒の方が好まれるようです。

岡は岡できりっとしていて、手拭いもやっぱりいいです。用途、お好みで選んでくださいね。



晒の用途は本当にさまざまです。

濾す、巻く、包む、保護する、拭く、運ぶなどの機能があり、用途としては、包帯にする、タオルやキッチンペーパー、ふきんにする、下着やおむつなどとしても使えます。

お子様のおんぶ紐としても代用できます(最低でも兵児帯、約4mは必要でしょうか)。

また、帯状疱疹を患っている方で、体に巻くのに晒がいいからと利用されている方もいました。



この晒、端にちょこっと切れ目を入れるとあとは手で裂くことができます。

 

さらしを裂いてみました

 

こちらも裂いてみました

 

 たて、よこ、まっすぐいけます。これが結構クセになるくらい気持ちいいです。

 生地の耳に沿って裂けば、紐としても使えます。包帯としても好みの巾になるので、晒は結構便利です。

 使いたい包帯の巾がない時、広い巾のものを作りたい時など、ぜひお試しください。

 

 

2012-03-12 23:04:00

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鯨尺

 

 

表具屋さんに箱をわけてもらいに行きました。

 

50cmくらいなんだけど…というと、表具屋さんも尺計算して、50センチというと○○尺だからこれだね、はいね、と分けてくれました。

 

 

 

ご主人に、尺は曲尺ですよね、と聞いてみると、

 

おたくらは鯨かな、メートルと尺はわかるけど、同じ尺に種類があるのは不思議だね、という話になりました。

 

そのあと、絹、レーヨンの話から、しみの話になり、湿気の話などなど、結局1時間近くもあれやこれや話して帰ってきました。

 

こうしてみてみると、表具屋さんとも共通する話題が結構あります。特に尺の話など、そういえば…と改めて考えたくなりました。

 

 

 

現在はきものは鯨尺を使っています。昔は尺の種類がいろいろありました。明治になって尺貫法で残ったのは曲尺と鯨尺。あと足袋でつかう文尺もあります。文尺は16文キックでお馴染み、また文数でお買い物にきてくれるお客様が以前はいましたが、最近ではほとんど聞かなくなりました。

 

 

 

きもので使っているのは鯨尺。衣類は衣類の尺を使うほうが便利だったのだと思います。江戸時代、呉服尺、鯨尺などがあったようですが、呉服尺は高麗尺の流れだそうで、知名度は呉服尺。東北の方では曲尺を衣服に使っていたとのこと。

 

どちらかというと鯨尺の方がマイナーだったようです。

 

尺に関しても韓国にそのルーツをたどった方がいいのかもしれません。いずれにしても一巾、一着分を中心に考えた方が便利だったのではないでしょうか。間尺にあうように使われていたのではないでしょうか。洋服と違ってきものはほとんど余り切れがでません。丈が長い場合はでますが、端切れはなく、あますことなく仕立てる、これはすごいことのように思います。

 

 

そこで疑問。

呉服尺、鯨尺ともに曲尺が基本です。呉服尺は曲尺1尺2寸、鯨尺は曲尺125分。

 

5分しか違わない鯨尺がなぜできたのか、また、なぜ呉服尺ではなく鯨尺が尺貫法で残ったのかということです。自分なりに考えてみました(あくまでも個人的な意見です)。

 

 

 

この5分、センチでいうなら16.5ミリ、5分長くするだけでもの格段に単位計算が楽になるような気がします。一見2寸の方が計算しやすいように思うのですが、5:6よりは4:5の方が計算しやすいのではないでしょうか。衣服は衣服の単位として存在していたので、あまり換算する必要はないのかもしれませんが、尺の単位のちがうところではやはり曲尺が基本です。江戸時代の人たちがどのように計算していたかはわかりませんが、単位圏の異なるところでの取引は曲尺が基本であり、使い方が同じ尺であれば換算の楽な方がいいような気がします。

 

 

 

今は建物もメートルが多くなりました。畳の部屋も少なくなり、洋風の家が普通です。でもやはり尺が便利な時があります。

 

センチ、メートルが普通の生活なので、始めは鯨尺も難しそうに思ったのですが、やはり昔からの尺の方が覚えやすいのです。センチにすると、数字が細かくなって覚えにくい。また数字に揺れがあります。並寸法など、寸法に昔からのデータが入っています。

 

今は便利な電卓がありますので、レート計算に鯨尺換算の数字を入れておくと換算もラクラク。尺計算もまた楽しみでもあります。

 

 

 

 

2011-07-14 23:05:00

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「御淋見舞」

 「御伽見舞」を検索される方が結構多くいらっしゃいます。私も熨斗の見本に書かれたものを見なければ、ずっと知らずにいたと思います。

 

 「御伽見舞」の「伽」は、江戸語辞典で調べてみると、『傍らについて看護や話相手などすること。また、その人。』という意味です。

 御通夜はご遺族の方が一晩中、言葉どおり「御伽」で起きていますので、その方々へのお見舞いとしての意味合いがあるかと思います。

 

 具体的な内容としては、ざっとですが検索してみると、私共の「御淋見舞」と同じように思います。

 私共の店のある東海地方では、一般的に「御淋見舞」といいます。「寂」のさびしいを使わず「淋」の方を使います。水(涙)がしたたるという意味あいがあるのでしょうか。印刷された白黒ののし袋も普通に販売されています。

 あくまでも私共の「御淋見舞」の使い方ですが、親戚ですとか、お付き合いの深い方に御通夜にお持ちします。重なるのを考えて、少し日持ちするものを考えたりします。また、お金で持っていくときには2~3千円を入れていきます。初の仏様の場合など、お線香を淋見舞に持っていくこともあります。その辺は臨機応変といいましょうか、お持ちするお家を考えたり、親戚ですとか、一緒に訪問する方と相談しながら持っていくこともあります。同じ土地でもちょっと離れると慣習が違っていたり、今の時代にあったものに変わっていたりしますので、やはり聞きながらというのが有効な手だてかなと思います。

 

 「御伽見舞」と「御淋見舞」の違いはといえば、言葉が違う(当たり前ですね)、土地柄によって使う言葉が違うということでしょうか。そうなると、やはり内容的にも多少変わってくることがありますね。

 お通夜の過ごし方については、またこれもいろいろあるかと思います。

 

 風習、慣習はその土地、地域で正反対になるほど違うこともありますので、まず、その土地柄に合うことが大切なのではないでしょうか。テレビ番組の『秘密のケンミンSHOW』は本当におもしろいですね。

 ちなみに、大分や熊本の方ではこの「御淋見舞」のような慣わしで「目覚」と言うのがあるそうです。それもまた「御伽」に通ずるものもがあり、気持ちはみな同じだと感じます。

 

 

 

風習や慣習が全てではないですが、元々には人の思いが込められているような気がします。今の時代にあったものにだんだん変わっていくことになりますが、そこに人の気持ちがあることに変わりないと思います。

 

2011-02-15 02:16:00

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ねじりずっぽ

昨年のこと、ご近所の方が綿入れ袢天を作るからと中に入れる綿(わた)を買いに来てくれました。

そこで「ねじりずっぽ」の作り方わかる?と聞かれましたが、ねじりずっぽ」?

袖の種類にはいろいろあります。が・・・「ねじりずっぽ」は知りません。母に聞いてみたところ、昔はよくそういう袖にしていたとのこと。さすがです。でも、はっきりとした作り方まではわかりません。

手拭いでこんな感じ、あんな感じと折ってみて、そこは作り慣れたカンコいい(工夫される)方ですので、やってみるからと言って帰っていかれました。

 

その後、できたよ~と聞いていたのですが、先日ひょっこりと、作った袢天をかかえて来てくれました。写真を撮らせてください!とお願いしたのがこちらです。

 

 

ねじりずっぽ  ねじりずっぽ

 

 

ねじりずっぽ ねじりずっぽ

 

 

 

 

 

 

 

袢天の結び紐の先端もかわいらしく手を加えてあります。

またまた、さすが!と思ったのが衿です。袢天の衿もほしいと言われたのですが、さすがに小売りする商品がありませんでした。手作りする方が多かったときには、モスの袢天生地や(今でもあるとは思いますが・・・)、黒の袢天衿が常時置いてあったのですが、今は小売店では見かけなくなりました。当店でも在庫がありましたが、もうそれもありません。扱う袢天ものは既製品オンリーになってしまいました。

見てみると男物の大縞柄のキレをあててあります。本当にいい感じに仕上がっています。

 

昔はこういう袖のものをよく着ていたとなつかしそうに話していました。今でもねじりずっぽは健在です。巻き袖、まきそ、ねじり袖、そぎ袖など言い方もいろいろ、また地方によっても違いがありそうですが、このあたりでは「ねじりずっぽ」が一般的な呼び名のようです。袖がじゃまにならないので仕事するのによく使っていたとのこと。

 

これはしっかり勉強しなくては・・・・・・と思い、いろいろ調べてみました。

ネットでもたくさん出ています。

まず袖の種類から。

 

http://www.hyakunichiso.co.jp/yougo/yougo_kimono_con_04.htm

 

ここにあるように、ねじる部分が三角ではなく台形になっていますので、見せていただいた品は「変形ねじりずっぽ」。ねじりにもバリエーションがあります。

 

昔はきものでしたので、仕事や労働の際、袂(たもと)がどうしてもじゃまになります。一般的な筒袖や鯉口袖、さらに袖付が広く動きやすい巻き袖(ねじり袖、もじり袖、ねじりずっぽ、もじりずっぽ・・・)などにして、動きやすい工夫をしていたのですね。この袖は全国にみられるようですし、アイヌ民族衣装にもありました。特に冬場は寒いので、防寒に綿入れを着て作業というときにはもってこいの袖です。

 

次の疑問、「ずっぽ」って何?

 

筒袖というからには正確には「づっぽ」?

もともとは「づっぽう」というらしく、漢字の「筒」はわかりますが、「ぽう」はよくわかりません。どうもはっきりしなくて図書館へ行ってみました。ありました!

『江戸語大辞典』(前田勇編.講談社)に、

筒棒、(つつぽう)、筒ぽ、筒棒(つつぽう)袖、筒っ棒(ぽう)、筒っぽとあり、袍を使った江戸書物もあります。

 

筒ぽ → つつぽう(筒棒)の短呼

 

筒っ棒(つつっぽう)→ つつほうの促訛

ということが書かれていました。

どんな呼び名にしろ、もともとは筒棒であり、筒袖はあまりに身近だったので「筒棒(つつぽう)」という言葉そのものが筒袖をさすように使われていて、棒も衣をあらわす袍(ホウ、わたいれ)を当てることも多かったのでは???と想像しています(専門的なことではなく、あくまで個人的な感想に過ぎません)。

 

そして更なる疑問。では、「あてずっぽう」はどんな字を書くのだろう???

 

あてずっぽうを調べてみると、こちらもありました。

あてずっぽうは【当寸法】で、実際に測らずに寸法をあてはめることが語源だったようです。こちらの「ずっぽう」は寸法だったとは・・・ オドロキでした。

何はともあれ、とってもすっきり。また仕事に励みます。

 

 

 

2011-02-05 00:38:00

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足袋の型紙

ご近所さんに江戸時代からの商家がありましたが、いよいよ取り壊しとなりました。

いろいろ処分され、何点かいただいたのですが、昔の足袋の型紙もあり、持ってきてくれました。

足袋の型紙は以前から欲しいと思っていて、オークションで落札しようと思っていたこともありました。

縁あって私共がお預かりすることとなりました。

そのお家の方だと思うのですが、子供の小さな型、また十六文もある型まであります。

しかも足袋につかったと思われる藍染の生地、木型、木槌も入っていました。

まだ整理していませんが、今後大切に保管、展示もできるよう考えています。

江戸時代、お酒の醸造を始め、やがて味噌や醤油をつくるようになったそうです。

お蔵もありましたが、ちらっとみたところ家の奥も土蔵になっていたように思います。

和紙ということだけでなく全体的に傷みがないのは、やはり土蔵造りで湿気がなかったかなと思います。

2011-01-15 02:03:00

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